東京地方裁判所 昭和23年(ワ)645号 判決
原告 益田喜之助
被告 日本国有鉄道
一、主 文
被告は原告に対し金七万九千五百十円及び内金七万六千円について昭和二十三年三月二十一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並に仮執行の宣言をもとめ、その請求の原因として、
「原告は昭和二十二年十二月二十日国の経営する国有鉄道に対しその和歌山線隅田駅から、東北本線上野駅止扱として、別紙目録<省略>記載の栗青梅裾模様紋付一着外衣類等合計二十七点在中の行李一個(以下単に本件行李という)を手荷物として運送することを委託し之が引渡をなしたところ、本件行李は上野駅に到着の後保管庫において保管中紛失し、全部滅失した。これは次のような国有鉄道の重大な過失に基くものである。すなわち、(一)およそ託送荷物の保管を直接担当する者は、盗難、毀損、火災等の危険を防止するため保管場所に係員以外の者を立入らせるべきでなく、若し、その立入を許した場合には立入者を厳重に監視すべきである。(二)上野駅手小荷物保管庫においては、昭和二十二年十二月上旬頃から、在庫中の荷物紛失の事故が連続的に発生し、当時その原因を追究中であつたが、その間一部の荷物に附着している荷物切符及び荷札のつけ方が専門係員のするそれと異つていたり、荷物整理棚の隅の方に荷物切符の脱落したものが存することが発見され、あるいは荷物切符のすりかえがあるのではないかとの推測ができないこともない状況のもとにあつたのに、係員は直ちに保管庫内に係員以外の者の立入ることを禁止することなく、なお、翌昭和二十三年一月末頃荷物紛失の事故は朝鮮人を一味とする荷物切符偽造団の所為であることが判明するまで、係員以外の者の求があるときは、漫然保管庫えの立入を許し、しかも、立入者の監視に格別の注意を払わなかつたので本件行李は、みぎ朝鮮人の一味によつてその切符をすりかえられた上騙取されたものであることが推定される状況の下において紛失したのである。みぎ紛失が国有鉄道側の重大な過失にもとずくとする所以である。
このために原告は本件行李の在中品の時価相当額である合計七万九千五百十円と同額の損害を蒙つた。従つて国はこれが賠償をなすべき義務あるところ、昭和二十四年四月一日国有鉄道法(昭和二十三年法律第二五六号)の施行にともない、同法施行法(昭和二十四年法律第一〇五号)第四条の規定によつて被告は国のこの債務を承継したものであるから、原告は被告に対し右七万九千五百十円及び内金七万六千円について訴状送達の翌日である昭和二十三年三月二十一日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめる。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決をもとめ、
「国の経営する国有鉄道が原告から、昭和二十二年十二月二十日その和歌山線隅田駅において、東北本線上野駅止扱として衣類在中の行李一個を手荷物として運送することを委託され、その引渡を受けたこと、本件行李が上野駅に到着の後保管庫において保管中紛失したこと、昭和二十二年十二月上旬頃から、上野駅荷物保管庫において、保管中の荷物紛失の事故が連続的に発生し、当時その原因追究の結果一部の荷物に附着している荷物切符及び荷札のつけ方が専門係員のするそれと異つており、荷物整理棚の隅の方に荷物切符の脱落したものが存することが発見されたこと、上野駅においては当時から、翌昭和二十三年一月下旬に原告主張のような荷物紛失事故の原因が判明するに至るまで、保管庫内に係員以外の者の立入を許していたことはこれを認めるが、本件行李の在中品が原告主張の通りであるかどうかは知らない。本件行李が紛失したのは不可抗力によるものであつて、国有鉄道に何らの過失なく、重大な過失に基くとはいえない。すなわち、(一)上野駅においては駅止扱荷物は、同駅地下室に設けられたコンクリート造りで、入口に鉄製ロールシヤツターを有する荷物保管庫に搬入して保管し、昼間は入口及び周囲に数名の監視員を配置し、夜間はロールシヤツターを閉鎖していた。そして毎日一定時に在庫中の荷物を調査してこれを荷物滞留簿に記入しその出入移動を明確にしていた。(二)昭和二十二年十二月上旬頃から保管庫在中の荷物紛失の事故が連続的に発生したことは原告主張の通りであるが、上野駅としてはそれまで、かかる事故のあつたことはなかつたので、連日これが原因追究につとめるとともに、監視員も増員して防止に努めたが、事故を防止することができなかつた。(三)昭和二十三年一月末頃ふとした端緒から、これらの荷物紛失事故の原因が多数の朝鮮人を一味とする荷物切符偽造団の所為であることが判明した。すなわち同人等は他より窃取した未使用の手荷物切符に所要事項を記載して偽造した上、上野駅等において、その甲片を示して荷物の着否を問い係員が未着の旨を告げると輸送遅延を責めると共に自ら荷物を探すと称して強引に保管庫内に立入り係員の隙をみて荷物切符の乙片及び荷札を偽造のものとつけかえて立ち去り、他日別人をして甲片を提示して荷物を受け取つていたのであつて、本件行李も恐らく同一の方法で同人等によつて騙取されたものと思われる。上野駅においては、原告主張の通り、それ以前から一部の荷物に附着している荷物切符及び荷札の付け方が専門係員のそれと異つていたり、荷物整理棚の隅の方に荷物切符の脱落したものが存することを発見していたので何人かが荷物切符及び荷札をつけかえて持ち出しているものではないかと考えていたが、それは必ず内部職員の所為と判断して全力を駅員の行動監視に注いでいたのであつて、その犯人及び方法は右のような荷物切符偽造団の所為が判明するまでは全然判らなかつた。しかも右荷物切符偽造団による被害はたゞに上野駅のみならず、大宮、高崎等数駅に及んだのである。(四)上野駅においては荷物紛失事故の原因が判明するまでは係員以外の者に保管庫えの立入りを許していたことは原告主張の通りであるが、国有鉄道の職員は旅客、荷主に対し親切第一主義をとり、荷物を受け取りに来た荷主が今一度自分の目で着否を確かめたいと切望すれば、本人を納得させるためサービスとして特に保管庫えの立入を許していたのであつて、しかもその際は係員が附添い常に監視していた。右のような次第であつて、本件行李の紛失の原因となつた荷物切符偽造団の行為は巧妙を極め、しかもその被害は上野駅のみならず数駅に及んだのであつて、上野駅係員としては通常の注意力をもつてしては到底その被害を防止することはできないものであつた。従つて国有鉄道には何らの過失もない。
よし、国有鉄道に過失があつたとしても要償額の表示のない本件については、鉄道営業法(明治三十三年法律第六五号)第十一条ノ二、鉄道運輸規程(昭和十七年鉄道省令、昭和二十二年運輸省令第二二号により改正)第七十三条に則り、被告は一万円の限度において賠償の義務あるにすぎない。仮に国有鉄道に重大な過失があるとしても、被告は本件行李の在中品の価格を争う。」とのべた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十二年十二月二十日、国の経営する国有鉄道に対し、その和歌山線隅田駅から、東北本線上野駅止扱として、衣類在中の行李一個を手荷物として運送することを委託し之を引渡したこと、及び右手荷物が上野駅に到着の後保管庫において保管中紛失し全部滅失したことは当事者間に争がない。証人揚井幸枝(第一、第二回とも)の証言、原告本人訊問の結果を合せ考えれば、本件行李には別紙目録物件欄数量欄に記載の通り栗青梅裾模様紋付一着外衣類等合計二十七点がはいつていたことが認められる。
そこで本件行李の紛失及び滅失が、国有鉄道の「重大な過失」によるものであるかどうかについて判断する。
当事者間に争のない、昭和二十二年十二月上旬頃より、上野駅荷物保管庫においては、保管中の荷物紛失の事故が連続的に発生してその原因が追究されており、その間に一部の荷物に附着している荷物切符及荷札のつけ方が専門係員のするそれと異つていたり荷物整理棚の隅の方に荷物切符の脱落したものが存することが発見されていた事実及び当時係員以外の者の保管庫立入が許されていた事実に、成立に争のない甲第三号証、検証の結果、証人大部三郎、同揚井幸枝(第一回)の各証言、原告本人訊問の結果を合せ考えると、上野駅においてはプラツトホームに到着した荷物の内駅留の分はエレベーターにより地下におろされ荷物地下道を通つて保管場に搬ばれ、そこで区分された後これに隣接する保管庫内に搬入保管されていた。そしてプラツトホームから保管場えの運搬を明かにするために倉入簿が、保管庫内に保管中の荷物の存在を明かにするために毎日午後十二時現在を以て作成される保管簿があつて、荷物の出入移動を明確にしていた。本件行李はいずれも原告名義をもつて和歌山線隅田駅から発送された三個の手荷物の内の一であるが、本件行李は昭和二十二年十二月二十一日上野駅に到着し、同月二十二日保管庫にはこびいれ、同月二十九日迄は明かに保管されていたが、その後紛失したものである。同年十二月上旬頃より上野駅においては、保管庫において保管中の荷物が紛失する事故が連続的に発生したので、警備員を増員する等の手段を講じてこれが防止に努めたがその目的を達することができなかつた。その後翌昭和二十三年一月末頃、朝鮮人を一味とする荷物切符偽造団が、荷物切符をすりかえて保管中の荷物を騙取していた事件が発覚した。すなわち、元来手荷物切符には甲片と乙片とがあるのであつて、乙片は当該手荷物に着けられ、甲片は荷主が持つていて、荷主は甲片を示して手荷物の引渡をうけるわけである。ところで右荷物切符偽造団は、未使用の荷物切符を他から入手しこれに所要事項を記載してあたかも真正のもののようにしつらえ、まずその甲片を上野駅の係員に示して荷物の着否をたゞし、未着なる旨の答をうけると輸送遅延をせめるとともに、自ら探すと称して保管庫内に立入り、ある荷物に附着している正当の乙片及び荷札を切り捨てた上、かねて右甲片に対応するようにしつらえておいた乙片及び荷札をこれにつけかえて立去り他日再び右甲片を示してこの荷物の引渡をうけ持ち去つていたのである。昭和二十二年十二月上旬頃からの保管中の荷物紛失の事故の原因を追究しているうちに保管庫において、荷物切符の脱落したものあることや、その付け方が専門係員のするそれと異つていることが発見されており、監視員を増員するもその頃頻発していた在庫中の荷物紛失の事故が絶えないところから、同駅小荷物係主任の訴外大部三郎は、その原因はあるいは荷札のすりかえではないかと考えるに至つた。上野駅の保管庫及び保管場は荷物地下道からの立入りはできず、係員以外の者がこれに立入ることは原則として禁止されていたのである。ところが同駅においては、右荷物切符偽造団による犯罪が発覚するまでは係員以外の者から求があるときは、これらの者が保管庫に立入り、自ら荷物を探すことを許しており、その際係員は単に形式的に附添つていたにすぎず、監視よりもむしろこれらの者に協力することに重点をおいていたが、右犯罪の発覚後手荷物係主任の着想により係員以外の者の保管庫立入を厳禁したところ、果然手荷物紛失の事故はその跡を全く絶つに至つたことを認めることができ、他に反対の証拠はない。このような事情から考えると、本件行李は、右荷物切符偽造団によつて騙取されたものと推認するを相当とする。
およそ運送を業とするものは運送を委託された運送品を受け取つてからその引渡を了するまで善良な管理者の注意をもつてこれを保管する義務があるのであつて、本件においてその直接の責に任ずべき国有鉄道の使用人たる上野駅の手小荷物係としては、託送手小荷物の保管につき万全の注意を払うべき義務あるものと云わなくてはならない。だから手荷物を保管するにあたつてはただに保管庫等の物的設備を厳重にし、荷物の出入移動を帳簿によつて明確ならしめるに止らず、それにより盗難、毀損、火災等の危険を伴い易い係員以外の者の保管庫えの立入をみだりに許すべきでなく、若しこれを許す場合には立入者の監視を厳重にする等かかる危険の生じないように万全の注意を払うべきはいうをまたない。しかも右認定の様に、在庫中の荷物紛失の事故が連続的に発生したためその原因を追究中であり、且つ、荷札のすりかえではないかと推測されないこともないような事情にある本件においては、保管庫に係員以外の者の立入を許すことが如何に危険なことであるかは特に係員でなくても何人にもたやすく認識し得べきところであるから、係員としては荷物紛失の原因が判明していると否にかかわらず、原則としてこれを許すべきでなく、従前許してきたものであつても係員以外の者の保管庫えの立入りはこれをまず禁止すべきものであるといわなくてはならない。
しかるに上野駅においては、本件行李紛失事故発生当時は勿論、それ以前より、翌昭和二十三年一月末頃朝鮮人を一味とする荷物切符偽造団が同駅の手荷取を騙取していた事件が発覚するまで、なお係員以外の者が保管庫内に立入ることを許していたことは到底宥すことのできない保管義務の懈怠であるといわなければならない。又もし部外者である荷物切符の甲片の所持者から引き渡さるべき荷物を探索するため、保管庫内に立ち入ることを求められた際、人情上これをこばみ難く、許したことが右に説明した保管義務の懈怠にならないとしても、その際立入者の監視が厳重でなければならないことは前に説示した通りであつて、どんな事情があつてもこれを緩めてよい訳がなく、もし監視を厳重にすることができない場合には初から立入を許すべきでないのに、係員は、立入者を監視するためと称してこれに附添つてともに保管庫に入つても自らも荷物の探索につとめて立入者の監視をおろそかにした傾があつたこと前に認定した通りであつてみれば、上野駅の係員は、この点においても、本件手荷物の保管につき善良な管理者の注意をつくしたものといえないのである。被告は上野駅では当時警備員を増員して警備の厳格を図つた旨及び荷物切符偽造団の被害をうけたのは上野駅のみでなかつた旨主張するけれども、これを以て当然にみぎ二点の義務をつくしたことの証左とすることはできないのである。しかもみぎ注意義務の懈怠は手小荷物係として法律上「重大な過失」と認めるべきものであるから、運送人たる国有鉄道事業の主体たる国は、鉄道営業法第十一条ノ二第二項、商法第五百九十一条第一項及び第五百八十一条の規定により原告に対し本件行李の滅失による全損害を賠償すべき義務を負つた訳であるから、つぎにその損害の額について判断する。
本件行李の内容品及び数量が別紙目録物件欄及び数量欄記載の通りであることは既に認定したとおりであり、その各個の物件の品質が同目録品質欄記載の如きものであることは証人揚井の証言(第二回)によつて明かである。そして鑑定人橋本竹治の鑑定の結果(昭和二十五年七月七日付鑑定書)によれば右物件の東京地方の昭和二十二年末における価格は同目録価格欄記載の通りである。もつとも第一乃至第十三、第十五乃至第十八及び第二十の物件の価格の鑑定の基礎となつた昭和二十二年八月八日付関物発第七七号「物価統制令第三条第一項による例外価格」については成立に争のない乙第三号証の二(右例外価格許可の通知である。)の記載によると、右例外価格は、昭和二十二年六月十三日東京都中古衣類商業協同組合がその手持の特定品種の衣類の特定数量を一般及び外人に対し販売処分するについて特に右品種の右数量のみについて一時的臨時措置として関東信越地方物価事務局長に許可申請した結果期間を六ケ月と限り許可されたものであつて、申請の原因となつた物件が売却されれば期間の満了をまつまでもなく当然消滅すべきものであり一般的な所謂公定価格ではないことが明かであるし、又右物件を対象としたものでもない。しかし、およそ物が滅失した場合における損害額はその交換価格を基準として算定するを相当とするものであり、物価統制令による統制額がある場合にはそれを以てその交換価格とすべきこと勿論であるが、この統制額に対し特に例外価格が認められている場合にあつてはむしろこれを以て交換価格とするのを相当とする。ところで同鑑定人の鑑定の結果(昭和二十五年十二月十一日午前十時の口頭弁論における意見の陳述)によれば、当時中古衣類販売業者間においては現品の有無に拘らず、一応品物及び数量を予定して例外価格を申請してもその都度たやすく許可がとれたものであり、右物件もその品質からみれば、当時現品が存在したとすれば当然例外価格の申請をし許可を得ることができたようなものであることが明かである。してみれば当時右物件が存在したとして例外価格の申請及びその許可あることを妨げる丈の特段の事情の認められない本件においては、その交換価格は、当時東京地方において施行されていた昭和二十二年五月六日附関東信越地方物価事務局告示第三号による統制額ではなくむしろ許可あるべき例外価格によるを相当とする。従つて右物件が前示関物発第七七号によつて例外価格を許可された物件と同品質のものであるとして、(もつとも右物件中には使用したことのないものも存するが年数が経過していれば一応中古品として取扱うのが妥当である。)その価格を以て本件価格(もつとも右関物発第七七号は昭和二十二年八月八日付であり、本鑑定の基準は同年末現在であるが価格において特段の差異はないものと認める。)とし又第十四、十九、二十一の各物件については右を前提として推定して、その価格を定め、更に第二十二乃至第二十八の各物件については当時統制額もなかつたため市価によつてその価格(これらの物件の中使用していないものも中古品とみて価格を定むべきことは前述の通りである。)を定めた。右鑑定の結果は正当なものであるというべく、これを採用してもつて判断の基礎とするについて何等の妨げをみない。
されば原告は本件物件の昭和二十二年末における価格の合計七万九千五百十円と同額の損害を蒙つたものというべく国はこれが賠償をなすべき義務あるところ、被告は昭和二十四年四月一日国有鉄道法(昭和二十三年法律第二五六号)の施行にともない同法施行法(昭和二十四年法律第一〇五号)第四条の規定によりこの債務を承継したものであるから、被告は原告に対しこれが支払をなすべき義務がある。
従つて被告に対し右七万九千五百十円及び内訴拡張前の金七万六千円について訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十三年三月二十一日から支払済に至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめる原告の請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用し主文の通り判決する。
なお仮執行の宣言を付することは必要でないと認めこれを却下する。
(裁判官 小川善吉 中田秀慧 川上泉)